建物賃貸借契約は、貸主(賃貸人)が賃貸の目的物である建物を借主(賃借人)に使用・収益させ、借主がこれに対して賃料(家賃)を契約で定めた時期に支払う義務を負う有償・双務・諾成・不要式の契約となりますが、継続的契約の典型といえます。そして、借主が決められた時期に家賃を支払わず、家賃を滞納することは、「債務不履行」に該当します。
契約において債務不履行があった場合、民法の原則によれば、貸主は相当の期間を定めて催告を行い、その期間内に債務の履行がない場合は、貸主は契約を解除することができるようになります(民法第541条)。
しかし、不動産の賃貸借契約が解除された場合、賃借人は住む場所や事業の場所を失い生活の根拠をなくすことになりかねないので、被る損失・影響が非常に大きくなります。したがいまして、判例上では、仮に借主が家賃を滞納したとしても、その程度が貸主・借主間の信頼関係を破壊する程度に至るものでなければ、債務不履行による解除が認められないことになっています(信頼関係破壊の法理)。
こうしたことから、賃貸借契約書に「借主が賃料の支払いを○回怠ったときは,貸主は契約を解除できる」との条項が盛り込まれていて、実際に借主が契約書に書かれた回数、賃料の支払いが遅れたとしても、その事情等に照らして、当事者間の信頼関係を破壊するに至らない程度のものと判断されれば、契約の解除が認められない可能性があります。
また、賃貸借契約書に「賃料の支払いを1ヶ月分でも怠れば、催告を要せず契約を解除することができる」といういわゆる「無催告解除特約」が規定されていることもありますが、この特約による解除は、契約を解除するに当たって催告をしなくても不合理と認められない事情がある場合に認められるというのが判例の考え方ですので、注意が必要です。
家賃滞納の発生 |
支払の催告 |
貸主またはその代理人が「内容証明郵便」等で催告します。
↓契約解除の通知 |
貸主またはその代理人が「内容証明郵便」等で解除の意思表示をします。なお、この場合、上記の支払の催告とともに○月○日までに支払いがされない場合は、当然に解除となるという「条件付解除」の方法をとるのが普通です。
↓建物の明渡しと未払賃料等の支払を求める訴えの提起 |
被告の住所地か物件の所在地を管轄する地方(簡易)裁判所に訴状を提出して行います。
↓確定判決(「債務名義」の取得) |
「債務名義」には、確定判決以外に、仮執行の宣言を付した判決、確定判決と同一の効力を有する和解調書などがありますが(民事執行法第22条、民事訴訟法第267条)、通常その判決が確定しなければ、次の段階の明渡しの強制執行の手続には入れません。
通常の裁判においては、判決の中で、仮執行の宣言を付した判決が得られれば、その判決の確定を待たずに強制執行の申立ができますが、建物の明渡しのような強制執行については、上訴審で覆えされたときに原状回復が難しいという面もあることから、通常、仮執行宣言は付されません。しかし、本質的に付されないというものではなく、建物の明渡し請求に付された例として、京都地判昭和61年2月4日判時1199号131頁があります。
明渡しの強制執行の申立 |
判決正本に「執行文」を付与してもらい、申立てる(民事執行法第25条)
「執行文」は、その事件の記録を保管する裁判所の書記官が付与する(民事執行法第26条)。
強 制 執 行 |
執行官が一定の期限(1か月)を定め、明渡しの催告を行い、その期限までに明渡しがなされない場合は、執行官が実力で占有者を排除する。もし、その間に、債務者以外の者に占有が移転しても、執行官はその者に対し、強制執行をなすことができます(民事執行法第168条の2第1項、第2項、第6項)。
家賃滞納を理由に賃貸借契約を解除して建物明渡しを求める場合、契約を締結したことや賃貸借契約の終了原因として、一般的には、次の各事実を訴状の請求原因事実として記載する必要があります。
@ 当該建物についての賃貸借契約を締結したこと
A 上記の契約に基づいて当該建物を引き渡したこと
B 賃料不払(債務不履行)があったと主張する賃料債務の発生期間が経過したこと
C 上記Bの期間に発生した賃料について民法614条所定の支払時期が経過したこと
D 賃貸人が賃借人(被告)に対し、上記Bの期間分の賃料の支払を催告したこと
E 催告後相当期間が経過したこと
F 賃貸人が賃借入に対し、上記Eの期聞が経過した後に、賃貸借契約を解除するとの意思表示をしたこと
賃貸借契約において、賃料を1回でも滞納したときは催告を要せず契約を解除することができるとの特約がされることがあり、この特約は、無催告解除特約と呼ばれています。
しかし、賃料支払の遅滞は、無断転貸などと違い、通常はそれ自体で直ちに賃貸借の継続を困難ならしめるような債務不履行にはあたりませんし、また、賃借人の意思いかんによって催告に応じて履行することが容易であることから催告の必要性は大きいといえます。ところで、本来賃料確保の目的のもとに締結された特約を、契約解除に利用することは、その制度趣旨に反する側面があることから、「催告をしなくても不合理とは認められない事情(背信性を基礎付ける具体的事実)」とは、信頼関係が破壊された場合であることを要する趣旨ではなく、そのような場合をも含めてさらに広く、履行遅滞の程度が甚だしい場合をいうものと解するとともに、履行遅滞の程度が甚だしいかどうかは、当該賃貸借契約の目的物、期間、賃料額等の内容に応じて決定されるべき事柄であり、一時的な手元不如意としては説明できないような、ある程度の回数・期間の賃料の履行遅滞がある場合をいうことになるという解説もあります(宇野栄一郎・最高裁判所判例解説民事篇昭和43年度128事件)。 |
以上を前提とすると、無催告解除特約に基づく解除を主張する場合、以下の事実を主張する必要があります。
@ 当該建物についての賃貸借契約を締結したこと
A 上記の契約に基づいて当該建物を引き渡したこと
B 賃料不払(債務不履行)があったと主張する賃料債務の発生期間が経過したこと
C 上記Bの期間に発生した賃料について民法614条所定の支払時期が経過したこと
D 無催告で解除をすることができる旨の合意の存在
E 被告の背信性を基礎付ける具体的な事実(背信性の評価根拠事実)
F 賃貸人が賃借入に対し、賃貸借契約を解除するとの意思表示をしたこと
これに対して、賃借人からは、訴訟において、上記Eの評価を妨げる具体的事実が主張され、無催告解除の効力が争われることが予想されますし、また、そもそも、賃借人の債務不履行が、賃貸人との聞の信頼関係を破壊するには至っていないとして、解除の効果が争われることも考えられますから、無催告解除特約に基づく解除を主張する場合には、特に上記Eに該当する事実関係および信頼関係の破壊を基礎付ける事情を入念に把握する必要があります。
意思表示は、相手方に到達したときに効力を生じます(民法第97条第1項)。そして、訴訟において、解除の意思表示の存否が争いとなった場合には、賃貸人は、解除の意思表示が賃借人に到達したことを立証しなければなりません。そこで、実務上、相手方に確実に到達させるという観点と訴訟における到達の事実の立証を容易にするとの観点から、配達証明付きの内容証明郵便を用いて解除の意思表示を行い、上記郵便物の控えおよび配達証明を訴訟において証拠として提出するのが一般的です。
なお、訴状に解除の意思表示を行う旨を記載し、相手方に対する訴状の送達によって解除の意思表示を到達させることも可能です。